Vol.20 (2007.12月)
光野 桃さんの言葉 |
物事はスムーズに滞りなく進み、毎日を気持ちよく過ごすことができるための秘訣がある。それは「クロージング」ということ。一言でいえば、「始めたら終わる」ということだ。(中略)
「開けたら閉じる」「始めたら終わる」という原則の基本は、一日の始まりと終わりにある。起床で開けて、眠りにつくときに閉じる。
だから本来、毎日眠る前に、その日に起こったことを一通り思い出し、その出来事に伴う感情も整理しておくといい。とはいっても、やはり毎日それができるとも限らないし、気がつかないうちに溜め込んでしまっている思いや感情もある。そういうものは一年の終わりにまとめて整理し、心の大掃除をしたい。 |
| ――『anan』1590 エッセイ「思い出や感情にもクロージングを」より |
|
|
いつからでしょうか。大晦日の夜、私は、家族から離れてひとりでノートに向かうようになりました。過ぎた一年のこと、もうすぐ始まる一年のことに思いをめぐらせながら、自分をなだめたり、叱ったり、励ましたりする言葉をしたためるのです。
文章を書くのが物心ついたときからとても好きでした。日記もずっとつけていたし、手紙も毎日のように書いていました。
やがて文章を書くことが仕事になってから、しばらくの間、プライペートでは文章をほとんど書かなくなったことがありました。私は、作家ではないので、プロとしての文章を書くときには、多かれ少なかれ、クライアントから求められる「方向性」に沿わなくてはいけません。あるとき、そんな文章ばかりを書き続けているうちに、本当の自分の思いや感性がすっかり鈍ってしまった気がして、背筋が寒くなったことがありました。それから意識して、自分自身が感じたこと、考えたことを、ただ素直に書き連ねる時間を持つようにして、バランスをとるようになりました。
大晦日はそんな時間の集大成で、ふだんは目をそらしていたココロの奥底をじっくりと覗き込んで、心からこぼれる言葉をそのまましたためます。ときには、辛いこともあります。
でも、まずそこに在ることを認めなければ、感情の整理整頓など到底できません。確かに自分の中に在って、そして捨ててしまったほうがよい感情だとわかっていても、どうしても捨てることのできない感情もあります。
それは、人をうらやむ思いだったり、自分へのコンプレックスだったり、思いがけない恋心だったり・・・・・・。
今年の大晦日も、やっぱりそんな感情がいくつか見つかりそうな気がしますが、無理やり捨てなくてもいい、ふだんは顔を出さないようにしっかり鍵のかかる心のいちばん奥の部屋に閉じ込めておけばいいのだと、最近、思うようになりました。
|
|
Vol.19 (2007.10月)
青山昌文さんの言葉 |
| すぐれた芸術作品に連続して接する経験をもてば、必ずその良し悪しがわかるようになる、つまり眼力がついてくるものです。だめなものを何度見てもだめです。すぐれたものに触れない限り、すぐれたものとすぐれていないものの差を見きわめる力がつきません。すぐれたものを見るということが、つまり「芸術の見方」ということにつながっていくと思います。 |
―財団法人 直島福武美術館財団『美を生きる―
「世界」と向き合う六つの話』 |
|
|
まだ気が早いかもしれないけれど、今年ももうあと少し・・・と思います。奈良に住まうようになって、毎年10月下旬から始まる「正倉院展」のポスターが目につくようになると、条件反射のように、「今年ももうあと少し」と思うようになりました。そして、年賀状や来年の手帳の準備も気にかかるけど、今年はどんな一年だったのかなと振り返る時間が増えてしまうのです。
今年2007年の仕事始めは、四国の直島への取材でした。まだお正月気分の抜けきれない1月4日。早起きをして、前から行きたいと思っていた直島を目指しました。直島はモダンアートのオブジェや美術館などの施設が点在する島。日帰りの取材だったのに、広報担当の方が忙しかったおかげで、思いのほか、ひとりでゆったりとアートを愉しむことができました。さて、今回引用したのは、この日買った本で出会った一節です。この本は、2005年10月から06年3月にかけて、直島の地中美術館で行われた地中トークの記録です。そのトップバッターが美学者の青山さんで、「芸術の見方―西洋古典芸術論の現代的意義」というテーマで講演されたそうです。
帰りの新幹線の中で、引き込まれるようにページを繰って、奈良に着くまでにはとうとう最後まで読んでしまいましたが、一番心に残ったのが、青山さんの章でした。
いつからでしょうか、美しいものがわかる人になりたいと思い続けてきました。美しいものを「創りたい」という気持ちよりも、もっと強く。だから、美しいものに関わる仕事―とりわけそれを評価する仕事―に携わる人に無条件に惹きつけられてしまうところがあります。今年の夏、ある先生に質問をしました。きっと頭の中に、この本の一節が残っていたのでしょう。
「どうやったら、美しいものがわかるようになりますか」。先生の答えは、実を言えば、青山さんの言葉とほぼ同じでした。「とにかくたくさんの、そして本物の、美しいものを見ること。そうすれば、偽物と本物との区別がつくようになりますよ」。
これまでも、美しいものはたくさん見てきたような気がするのに。きっとまだまだ足りないのでしょう。情けないような気持ちになったあと、ふと、それは、まだ見ぬ美しいものが、まだまだたくさんあるということなのだと思い直しました。
もしかして、努力を重ねても、私は、一生「美しいものがわかる」ようにはなれないかもしれないけれど。でも、こうして、「たくさんの美しいもの」との出会いを重ねてゆくことが、人生を充分豊かにしてくれるのだと、近頃それだけはわかるようになったのです。
|