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Vol.10 (2006.7月)
岡本敏子さんの言葉 |
――「愛してる」なんて言われたことなんて、一度もなかった。
でも、わたくしにはちゃんとわかってた。
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| 『愛する言葉』イースト・プレスより― |
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この本は、岡本太郎さんと岡本敏子さんの言葉が、詩集のようにまとめられた一冊です。プライベートショットと思われる写真がはさまれているせいでしょうか、一度もお会いしたことのないふたりの体温が伝わってきて、近しく感じました。そして、こんなふうに自分を生き、人を愛したいと胸が痛くなるほどうらやましくなりました。
「芸術はバクハツだ」の名言で知られる岡本太郎さんと、最初は秘書として、やがて生涯のかけがえのないパートナーとなった敏子さん。ふたりの関係は、戸籍上は「親子」です。くわしいことは知りませんが、おそらく独特のポリシーがあって、「結婚」よりも、「親子」になることを選んだのだと思います。ふたりにとって、お互いの存在は空気のように自然で、しかもなくては生きていられないほど大切なものだったのだと思います。その関係の絶対性は、「結婚」よりも「親子」と呼ぶほうが近かったのかもしれません。
一度だけですが、青山の岡本太郎記念館を訪れたことがあります。
太郎さんのアトリエがそのまま保存され、庭にまでオブジェ(完成品なのか、未完成なのかわからないような……)があふれていて、なによりも、もしかして、まだここにいらっしゃるのではないかと思えるほど、太郎さんの気配が濃密に充満していることに驚きました。あれは、太郎さんを想い続ける敏子さんの気配だったのだと今になって思い当たります。
96年に太郎さんが亡くなったあと、それまで決して前に出ることのなかった敏子さんが八面六臂の活躍をされたのはご存知の方も多いと思います。エネルギッシュな活動には、つねに一本芯が通っていました。それは、「あんなに素敵な人がいたんだぞってことをもっともっとみんなに教えてあげたい。太郎さんのような人が本当に日本に生きていたってことは奇跡よ」という思い。
「私は岡本太郎と共に五十年走ってきた。自分らしくとか、何が生き甲斐なんて考えてるヒマはなかった。十分に、ギリギリに生きた。極限まで。ずっと凄い人、いいなあとドキドキしながら、後を追って走り、時に抱きしめ、一緒に嘆き、笑い、ここまで来てしまった。一瞬もたるみはなかった」というプライド。
昨年、敏子さんの急逝を新聞記事で知ったとき、またおふたりは一緒になるんだなあと心から祝福してあげたいような気持ちになったことを思い出しました。
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Vol.9 (2006.6月)
森茉莉さんの言葉 |
| ――だいたい贅沢というのは高価なものを持っていることではなくて、贅沢な精神を持っていることである。容れものの着物や車より中身の人間が贅沢でなくては駄目である。 |
| 『ほんものの贅沢』より― |
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森茉莉(1903〜1987)。まるで韻を踏んだような名前の作家をご存知でしょうか? 彼女は、文豪・森鴎外の長女で作家。父・鴎外に溺愛され、贅沢三昧に育てられました。例えば、彼女は大人になるまで、時計が読めなかったといいます。使用人がすべて段取りをしてくれるので、時間を意識する必要がなかったから……。
16歳のとき、親のすすめで結婚しますが、性格の不一致で八年後に離婚。翌年、再婚しますが、これも一年足らずで離婚。永遠の保護者であった父・鴎外もすでに亡くなり、戦後、50歳となった茉莉は、文筆業で身を立てざるを得なくなります。
『貧乏サヴァラン』『恋人たちの森』『甘い蜜の部屋』などの小説やエッセイを発表しながら、貧しい暮らしであっても、何を食べるか、どんなふうに暮らすか…ときには想像力でもって補いながら、独特のロマンチックな「贅沢感」にこだわり続けました。 茉莉は、そんな自分の暮らし方を「贅沢貧乏」と名づけています。文章にも、生き方にも、無条件に愛されて育った人独特の無邪気さがあり、無邪気ゆえに口をついて出る意地悪な言葉や度を超したわがままが、スパイスのようにピリッと効いています。「自分が好きならいいじゃない」。茉莉のエッセイからはいつもそんなメッセージが聞こえてきます。無邪気なまでの揺るぎのなさで。
まわりがどう思うだろう……と気にし過ぎて、窮屈に感じられるときは、森茉莉のエッセイが、じわじわとココロに効いてきます。
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Vol.8 (2006.5月)
美輪明宏さんの言葉 |
| ――「おしゃれ」とは、単にうわべだけを取りつくろうことではなく、美しく装いことで、よりよい自分と出会うこと。美しいモノに接することで、自分の内面を育てることです。どういう女性でありたいのか、どんな人間として生きたいのは、自分の進むべき方向を見定め、あなたの美意識を磨き上げていく。そのプロセスこそが、「おしゃれ」なのです。 |
| 『美輪明宏のおしゃれ大図鑑』集英社より― |
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「おしゃれ」という言葉を聞くと、反射的におなかのあたりがくすぐったくなってしまいます。長い間、美しく装うことに対して、照れのようなものがありました。
小学生に上がると同時に、男の子に混じって剣道教室へ通い、高校生まで続けました。特におてんばでもなく、どちらかといえば本を読んだり、ままごとが好きなおとなしい子供だったのですが、当時のわたしは体が弱かったらしく、「はだしで歩くと丈夫になるらしい」という話を聞いた両親のすすめでした。あまり「女の子らしく」とか「女の子なんだから」と言われた記憶はありませが、どちらかといえば「おしゃれなんかしているヒマがあったら勉強しなさい」など、「おしゃれ」に対しては否定的に言われることが多かったような気がします。あるとき、フリル、レースのついた洋服を欲しがったら、「あなたには、こっちのほうが似合う」と紺色のシンプルなデザインやズボンを買ってくれたことも、自分でもおかしいのですが、いまだに忘れられません。
女子高、女子大へ進むと、メイクを覚えたり、洋服に興味もでてきましたが、我ながらあっさりしたものだったと思います。長い間、「おしゃれをする」「おしゃれでいる」ことに対して、くすぐったいような、軽い罪の意識を感じるような思いが消えなかったのは、両親の影響が大きかったような気がします。
それに対して、義母は神戸育ちの人でした。ちょっとそこまででかけるときも、華やいだメイクと装いでおしゃれをする……そんなスタイルが身についていることに、最初は驚きました。結婚して十年以上になりますが、近所に住む私達が訪ねるときも、きちんとおしゃれをして迎えてくれます。
義母のおかげで、「おしゃれ」は、自分にとっても、周りの人にとっても気持ちのよいことだと実感できるようになりました。いまよりも少しでもきれいになりたいと努める心。年齢を重ねるほどに、「おしゃれ」は、ますます大事なものなのだと自信をもっていえるようになりました。最近出会った美輪明宏さんの本の添えて、こんな思いを田舎の母にも伝えられたら…と思っています。
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Vol.7 (2006.3月)
山本ふみこさんの言葉 |
――今年がはじまって、三か月が過ぎようとしています。
年々、時のめぐりは早まっていくようです。
やりたいこと、したほうがいいこと、しなければならないことが、手もつけられないままたまっていきます。 |
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「しなければ」の気持ちが募ると、手帖なんか開いて、それを箇条書きにしたくなります。これをひとつずつペンの二本線で消していく快感をよすがに、「よしっ」と腕をまくろうという心づもりです。(中略)気がつくと、「しなければ」の箇条書きをよして、二月、自分が「したこと」をならべて書いていました。
(中略)うわあ、わたし、大活躍だったと思いました。書き出したことのほかに、仕事や家のこともしているのだし、なかなかどうして、です。これからは抵抗しましょう、誰かが「もう三月!なんという早さなの?」と叫んだとしても、「まだ何もしていないのに、今年の四分の一が過ぎる!」と唸ったとしてもかんたんには同意しないことにします。
時はたしかにぐんぐん流れ、行き暮れた思いにとらわれそうになります。けれど、いたずらにあせったり、漠然とがっかりしていないで、ひと月ごと、自分のしてきたことを、書き出して満足しようと思います。
――山本ふみこ「吉日だより(48)」オレンジページ2005年4月2日号より

少し長い引用になりました。
「オレンジページ」という雑誌の目次の横のスペースに、山本ふみこさんが連載しているエッセイが好きです。仕事がら、毎月おびただしい数の雑誌に目を通します。その中でも、このエッセイを読んだあとは、まるで心を込めて淹れてもらったお茶を飲むようなやすらぎを感じるからです。
古い雑誌を整理していて、ちょうど一年前に掲載された文章に再会しました。「再会する」という言葉を使わずにはいられないほど、やさしくて、語りかけてくるような文章だと思いませんか。
「もう三月!なんという早さなの?」「まだ何もしていないのに、今年の四分の一が過ぎる!」・・・どちらも、三月に入って、何度こころの中で叫んだことでしょう。
片付けても片付けても、仕事も日常のあれこれも、またにょきにょきと生えてきて、追いかけてくるような毎日。「何もかもほうりだしてしまいたい」と思う自分と、「こんなに忙しいなんて幸せ」と思う自分。「ほうりだしてしまいたい」自分が勝ちそうになるのは、決まって、仕事がたてこんできて、焦っているときです。
「いたづらに焦らず、漠然とがっかりしないで」。
本当にそう・・・と、前に一度読んでいるはずなのに、初めて出会った言葉のように、こころに深くしみ込みました。
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Vol.6 (2006.2月)
中山庸子さんの言葉 |
――魅力のある人とは、「総合芸術」です。顔立ちがよくても、表情が乏しい人もいれば、とてもガサツな話し方をする人もいます。例えば、スナップ写真ではごまかせたことも、ビデオに撮るとごまかせない、という感じでしょう。
しかし、実際の生活においては、もっと様々な要素が入ってきます。その代表的なものが、肌触りや香りでしょうか。
いい香りのする女性になりましょう。
いい香りのする挨拶、いい香りのする手紙、いい香りのする笑顔、いい香りのするしぐさ・・・・・・。すてきですよね。―― |
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中山庸子著『明日が待ち遠しくなる言葉』三笠書房より
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中山庸子さんは、イラストレーター、エッセイストとして活躍中の方です。もう10年以上も前、まだ私が会社員だったころ、仕事の途中で立ち寄った本屋さんで、中山さんの『「夢ノート」の作り方』という本と出会いました。パラパラとめくるうちに、すっかり引き込まれ、会社まで帰る道すがら、歩きながら読んだことを思い出します。
自分の大きな夢をかなえるためには、漠然と待つだけでなく、手近なところからアクションを起こすこと、そのためにも、まずは100個でも200個でもかなえたいことをできるだけ具体的に「夢ノート」に書き出そう、そして1つずつかなえていこう・・・そんな内容でした。
まだ20代だった私には、かなえたい夢がたくさんありました。さすがに本格的な「夢ノート」は作りませんでしたが、かなえたいことは、なるべく口に出したり、手帳に書き留めたりするクセがついたのは、この本の影響だと思います。
さて、今回紹介した本は、「夢ノート」がヒットして、次々と著書を出版されるようになった中山さんの本の中で、「夢ノート」の次に好きな一冊です。中山さんが、これまで出会った「真珠のような言葉たち」を集め、ちょっとした解説がついています。
何かあると、パラパラとめくります。家族とけんかしたとき、仕事で失敗したときなど、こちらの状況によって、違う言葉がこころに響くます。
最近、仕事が立て込んでいて、メイクもそこそこに家を飛び出す毎日が続いています。「いい香りのする女性になりましょう」という言葉が目に留まったのは、もっと余裕を持たなければ・・・と自分を諌めるこころのあらわれなのかもしれません。
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